音楽が放つエネルギーはすごいと思う

レッスンコラム

 

今日は私の勝手なひとりごとですがよかったらお付き合いください

北海道の春は来そうでなかなか来ない。4月に入っても雪がチラつく日があります。特に2週目あたりが要注意。

5月の連休はお花が咲いていないのに冬用コートを羽織り桜の下でビールを飲むという滑稽な姿が・・最近は温暖化の影響なのか連休に間に合うように咲いてくれているようです。

音楽が放つエネルギーが好き

長い冬の間は何かと暗くて落ちる話が多く、何をしても気分が沈むことがあります。楽しいことがあってもその気持ちは続くことがなく、次の娯楽を探しにエネルギーを消費することになる。

雰囲気が良さそうな場所に行かなきゃ楽しみが見つからないのは少しさびしい。

 

音楽に限らず何かを楽しんでいる人は、そのことに意味も価値も置きません。

分析もしないし評論もしない。とにかく物事が放つエネルギーを経験することが大好き。

良いとか悪いとか考えるとどうしても価値観が生まれてしまう。「この音楽が好き」という個人的な好みは他の人がなんと言おうと好き以外に何もありません。

音楽をたのしめる人とそうじゃない人がいる

音楽をやっていながらどこか楽しめてない人がいる。

「恐れ」があるような・・やりたい欲があるのにひどく何かに振りまわされる。

そもそも自分と他人はちがうし「自分はこれがいい」と思えばそれが自分の軸なんだし、軸を信じてもらえなければそれまでのこと。

 

だけど自分軸を他人から良いと思ってもらえたら素直にうれしいです。

それこそあるがままの体の反応。

すぐに対応して私も人の良い軸をさがしたいと思う。そこに情熱をそそいでるんだと尊敬とおもしろさでいっぱいです。

音楽はキリもないし答えもない

アートとは関係ない人は自由な発想するということが不思議かもしれないけど。

ふわりふわりとたどり着いたところが答えです。

そして再び新しいアイディアを練って膨らませていく。

 

今やっていることが無駄なのではないだろうか?とすぐ効率の良さそうな何かを見つけにいく。

「いますぐに何者かになりたい」は呪縛です。呪いの言葉。

その言葉に呪われたら一生何者になることも出来ません。

 

時々、これってキリがないよねとか、やっててなんの意味があるのか?と問う人がいるけれど。

そんな問いがある人は楽しんでいない。落とし前をつけたくて仕方がない。スタンダードなんてないしもっと偏愛してもいいんじゃないかな。

曖昧さが魅力になることもある

曖昧な音楽が今のところ魅力的です。重みがあったり切実さがあったり優雅さがあったり。どれもこれも当てはまる。

それはロバートグラスパーしかいない。とんでもなくすごい人です。

 

 

 

私は曲を作るとき、いろいろな国がヒントになります。

 

その音楽が発祥した国のいろんなことを観察する。

人々

街の雰囲気

陽気な音

メランコリーな音

都会の音

 

私はあまり海外に行ったことがないけど一つわかることがあります。

「はまらない心地よさ」

 

自分が好きなことをしている幸せ。

自分の好きな世界を作れたという満足感。

 

そして自分の中で妄想ミーティングが始まります。

フツウの暮らしの中で日々実験中です。

今日はどこへトリップしようかな。

 

 

 

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